君が逃げれば逃げるほど
その距離を
追い詰めて僕は進むよ








ゴーランドの遊園地で仕事がない時は、たいていは大好きな読書をする。
というか、正確には他にすることがない。

そして、そんなの傍にたいてい、というよりも、必ず猫が、
いや、猫耳ピンクの人ことボリスがいる。



今日は、はいつもどおりの本を絨毯の上で読み、その隣のソファーでボリスが寝入ってしまっている。
さっきまで遊びに出掛けたいたので、疲れたのかもしれない。



は、寝ている彼から視線を本に移し、続きを読み始める。





「あ。」


「えっ?」



いきなり思い出したように発せられた声に、がボリスを振り返る。
のんびりと寝ていた彼は、何かに反応して起き上がると、不思議そうに見つめてくるを見て呟く。




「・・・・・・・・・・・聞こえない。」


「・・・・・・・・・・・・・何が。」



は、不審者を見るような目で彼に問いかける。
そう、此処で「幽霊」など背筋が寒くなるような冗談はやめて欲しい。特に真剣な顔で。というのが彼女の本心だろう。




ボリスはの疑問に答えず、彼女に手を伸ばして、腰にへばりつくように抱きついた。
腕をまわすと、温かな体温が彼を迎え入れ、また昼寝の続きだろうか、
喉をゴロゴロと鳴らしてボリスが目を閉じる。




「なんなのよ、もー・・・。本が読めやしない。」



は不服そうに息をつき、しゃがみ込む。
彼を引き離すこともなく、本を床に置いてその背に手を置く。
もちろん、離れる気がないのに、余計な労力を使いたくないという諦めが彼女をそんな行動にさせたのだが。




ピタッと胸に密着したボリスの耳がたまにぴくっと動く。
そう、何度も確かめながら、何かを聞いているように。



(――――ーあぁ・・・・・・・・・、心臓の音か。)





はようやく、彼が「聞こえない」と言っていたことの意味がわかり、またひとつ息をついた。



『心臓が動いている』。それは、ボリスにとっては、貴重な音。
彼がその音が好きだというのは、見ていれば、すぐに分かる。


まるで、子どもが子守唄に酔いしれるように、彼が聞き入るのだから。






(聞こえないとか言わないでよ、止まってたら死んでるじゃないの。)




は心の中で、呟いた。

呆れてしまう。最初の方はどう彼を引き離そうかと思考を巡らせた事もあったのに、
いつの間にか「まぁ、いいか」と思うようになってしまった自分に。



「慣れって怖いな」との心に言葉が過ぎる。
慣れと同時に彼に対する場合は、愛するという感情がそうさせているのだが。


――――彼を『愛する』のは、じつは、しっくりと来ない。
そんなことじゃダメだと思う一方でも、やっぱり自分の捻じ曲がった部分が、その言葉で片付けたくないと思うのだろうか。





「ん?」




は考え事をしている最中に名を呼ばれ、内心、びくっとした。
そして、俯いて視線をボリスに向けると、ボリスはじっとを見つめていた。
そして、、、、、、





「これ、やっぱり邪魔なんだけど。」


「は」




いきなり何を言うか思いながら、が引く一方で目を向けると、
しっかとボリスはの服を引っ張っている。

そう、直訳すれば、『よく心臓を聞きたいので、脱げ。といったところだろう。






「・・・・・・・・・・今すぐ膝から放り投げだされたいの。」


「嘘です、ごめんなさい。」





即答で返事が返ってきた。ボリスの負け、だ。

ボリスはごろごろとに体中から、『好き』を表現する。
そして、・・・・・・・・・・・・・・・融通が利かない部分が、見え隠れする、自己中心的な男だ。


彼の感情から、服を脱ぐくらいの事は今更なところもあるが、
昼間から、そんなアダルト的な方向に行かされるのも不服すぎる。

しかも、大好きな読書を邪魔されてまで。






「あ〜ぁ、俺はこーんなにのこと好きなのになー」


「・・・・・・・・。」




ボリスは拗ねたように小言を言い始めたが、尻尾がちょろりと左右に揺れて、
たまに足をくすぐりに来る。

そして、文句言いながらも、の顔色を見たり、の下半身に預けた自分の体は起こさない。




は、床に置いておいた本を手にして、また読み始めた。
そして、しばらくは何かとの名前を呼んだり、ちょっかいを出していたボリスも、静かになっていった。
ちょろちょろと動いて体をくすぐっていた尻尾も、いつの間にかぺたりと地面についている。


「?」



が本の内容から、ボリスへと視線を移すと、ボリスは目を閉じて、小さな寝息を立てていた。





「すー・・・・・・・・・・」




は可愛いな、と思いながら優しく微笑む。
寝顔を見て、または読書を再開した。









と、





トントン


「!」



ノックの音に気づいて向くと、ゴーランドが入ってきた。




「悪い、。」

「いいわよ、どうしたの?」

「倉庫の鍵を捜してるんだが、知ってるか?」

「あ、ええ。この間、広間で見たわ。捜すの手伝うわ。」

「えっ?・・・・・いいのか?」



ゴーランドが、心配そうに問いかける。
そして、その視線には、膝の上で眠る猫、いや、ボリスの姿が。




「すぐ戻るわよ。言葉で説明するよりも、私が行った方が早いでしょ?」


そっ・・とはボリスの頭を持ち上げて足を外し、頭を打たないようにそっと最後まで手で庇って、
床の、本の上に彼の頭を乗せて立ち上がる。




「すぐに持ってくるわ。」

「すまねえな。」





は笑顔を向けて大丈夫というと、くるりと彼に背を向け、ドアに向かって駆け足で向かう。
と、その瞬間に。




ダンッ!!!


「!?」



突然の銃声に、の体が震え上がる。
そして、バッ!!と振り返ると、愛用の銃を手にしたボリスと、その銃先を見ると、顔を引きつらせているゴーランドの姿が。



「ボリスてめえっ!!あぶっ、あぶねーだろーが!!!」


あたりはしなかったのだろうが、そう、見るばボリスがそのまま、撃ったことがハッキリ分かる。
は呆れた様子で肩を落としながら、言う。



「ボリス、いきなり銃撃つの、やめなさいってば・・・。」

「だって、いきなり俺のを連れて行こうとするから、びっくりして撃っちゃった。」

「連れて行こうって、おまえな!会話聞いとけッ!」





撃っちゃった、等と可愛らしい様子で笑いながら、ボリスはの手を引いて
座らせると、またごろんと膝枕させて落ち着いた。

そう、ゴーランドの話など聞いちゃいません。





「おまえとゆー奴は、宿主に対してその態度・・・!」

「ごめんね、ゴーランド。悪いけど、自分で探してくれる?」

「ああ。おっけー。悪かったな、邪魔して。」



少し悪そうに気遣いながら、ゴーランドを見上げて言うに、
はーっ、とゴーランドが深いため息をついて頷いた。

そして、彼がいなくなり、は側の床に置いておいた本を手に取って、続きを読もうと
目を文字に向けた。












「何?」




スッ・・と手を頬に伸ばされて、導かれるように視線をボリスに向けると、
ボリスが見上げている視線は、痛いほどに真っ直ぐにを見ていて、反らしたいのに反らせなかった。

何故だろう、彼の瞳が泣きそうなくらいに切なくて、胸が痛む。




「・・・・・・・。」

「何よ、名前呼んどいて。」



は頬に伸ばされたボリスの手に自分の手を重ねて、問い返す。
心配で仕方がない。何故、そんなに辛そうに見つめてくるのか。

ボリスはの頬に伸ばした手で、重ねていたの手を握り返して口元に寄せて、
愛しそうに舌を這わせて舐める。




は、様子を見つめながら、彼に言った。





「私は、別にいなくなったりしないわよ・・?」


「ほんとに?」




何となく、彼にかけた一言に、言葉が即答で返される。
ボリスが向けた瞳は、不安で揺れるというよりも、冷たい試すような瞳。
真剣な瞳が、怖いくらいに突き刺さり、声が出せなかった。

返答は、1つしか、彼の望むものでした許されないという暗黙のルールを感じさせられる。




「ええ。」




声を絞り出すように、彼の視線から逃れたいという思いではやっと、答えた。
にこっ・・と、ようやくボリスが笑顔を見せる。



「よかった。」



ボリスは、ごろころとまた甘えた様子で喉を鳴らす。
そして、今度はを引き寄せて、首に腕をまわしてぎゅっと強く抱き締めた。









耳元で呟く。


「俺を置いていかないでよ、。そんなことしたら、、、、、あんたを許さない。」








背筋からゾクッと電気を流されたような寒気が走った。
彼に悟られてしまうほど、震えてしまいそうだった。


彼から離れていかないのは、「彼が」怖いからではない。
彼と離れて、自分が悲しくなってしまう「自分が」怖いからだ。


は、そんなと気持ちを何度も心の中で言いながら、目を閉じる。
そう、目を閉じて体の力を抜いても大丈夫なほど、落ち着ける存在が彼であることも、事実なのだ。







逃げないで、怖がらないで、怯えないで、大好きだから


俺はアンタさえ居てくれれば、それでいい


鎖に繋いでしまいたいほど、独占したい


アンタを俺から離そうとするものなんか、俺が殺してやるから







どんなに追い詰めてでも、俺はアンタを逃がさない。














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ハートの国の夢企画「private garden under ground」様へ