「好きだよ………」
その言葉は、今だけ。
そう、今私が夢に居る間だけ。
「……」
甘く、甘く囁かれる言葉に。
今だけは、騙されてあげよう。
そう、今だけ…
今だけ、騙されてあげるんだから……
あなたのつく可哀相な嘘に今は騙されてあげる
「ホント…今だけなんだから…」
自分に言い聞かせるように、呟く。
もちろん周りには誰も居ないし、自分にしか聞こえない程度の大きさ、のはず。
気だるい身体がさらに気分を沈ませていく。
「今だけ…そう…今だけしか…」
今だけが、彼を愛してもいい、時間だから。
夢の中に、現実の恋を求めてはいけない。
そう、私は演じ続ければいい。
彼の言葉は、私への愛だとしても。
私は彼へ、嘘を言い続ければいい。
「お嬢さん、何が今だけ…なのかな?」
「??!!」
後ろから声を掛けられ、驚きで思わず固まってしまう。
そんな私の反応を楽しむように、いつもの気だるそうな感じのままで笑っている。
むかつく…。
「何?今疲れてるんだけど」
「おや、君は結構平気そうな表情をしていたが…そうでもなかったのか?」
それとも、昨日の今日だからかな、などと聞かれる。
そう、私たちは毎日のように行為を繰り返していた(正確には一方的に、だが)。
この行為に愛があるのかどうかは知らないが、ブラッドからはいつも「好き」とか「愛してる」とか繰り返される。
確実に好かれてはいるのだが。
「ねぇ…聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「あなた、本当に私のこと…好きなのよね?」
しばしの沈黙が流れる。
「くっ…ははっははは!!」
その静寂が破られ、ブラッドの笑い声だけが響いた。
「好き…かって…っは…それ、は、本当っはは!!」
苦しそうに言葉を途切れながらも、何とか最後まで言い終わる。
未だ笑っている彼に少し苛立ち、いつもより強く足を踏んでやる。
ぐっ、とくぐもったうめき声が聞こえ、やっと笑い声が収まる。
「痛い、じゃ、ないか…」
「あらそう。それは大変ね」
ふん、と前で腕を組み彼を睨みつける。
だがそんな私を無視し、ふっと私の頬を優しく包む。
「それなら君は…私のことは、好きなのか?」
「え?」
間近にあるブラッドの顔を直視することが出来ず、ふいと目を逸らす。
「なぜ目を逸らす必要がある?」
「別に……理由なんてないわ…」
「あの男に、似ているからか?」
冷たく、憎しみが込められている。
いや、憎しみというよりは悔しさと表したほうが正しいかもしれない。
「君が好きだった男と、私……どちらが今好きなんだ?」
「は…ちょ、と……」
ぐっと近寄られ、吐息が唇にかかる。
じっと見つめられ、くらりと軽く眩暈がする。
その視線に、私は弱い。
「その男には、君は好きと言ったのか?」
「や、だ…ぶ、ら……ど…」
唇を重ねられ、言葉が途切れる。
深く、長いキスは思考さえも途切れさせる。
「…っ………ふ…」
「さぁ、どちらだ……?」
離された唇は、とても熱くて。
本当に愛されているのだと行動で思い知らされる。
それでも、私は…
好き?嫌い?
どう応えればいいの…
「好き…よ………ブラッド、が…」
ブラッドの首へ腕を回し、今度は私からキスをする。
ちゅっと、音がする程度のキスだけど。
今の私にとっては精一杯の愛情表現。
「好き…」
「……」
「今は、ブラッドが好き…」
そう、今は。
今、この夢の中では…。
「…疲れたか…」
つい先ほどまで本を読んでいたは、安らかな寝息を立てて眠っていた。
よっぽど疲れていたのだろう。
そう思いブラッドは彼女を起こさないよう、そうっとソファーへ横にさせる。
「君は…今は、私を好きでなくともいい…」
君の嘘は、知っている。
そう。その小さな嘘は、今だけのもの。
現実に戻ったら、今の言葉はすべてなくなる。
好きも、愛してるも、すべて。
「君のその可哀想な嘘………今は、騙されてあげよう…」
そう、君と同じように、今だけは。
そのうち、君に本当の真実を言わせよう。
この言葉を、嘘だと言わせないくらい。
その言葉、いつかは真実となる日がくるだろう。
否、真実と知る日がくる。
その日まで、君と僕とはずっと。
騙しあって、愛し合っている。